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本郷の一言

「熊本こころ相談室」の本郷ひろなか先生が心理学に関する話題を随時更新します

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「熊本こころ相談室」にてチーフカウンセラーを務める本郷ひろなか先生は熊本市内各所で開催しているアドラー心理学や心理カウンセリングに関する講演やセミナーで講師を担当、アルフレッド・アドラーの孫弟子にあたるジョセフ・ペリグリーノ博士からは「私の大事な友人にして弟子であるヒロよ。」と呼ばれる程の絶大な信頼を寄せられているアドラー心理学者のひとりです。本ページでは機能不全家庭で過ごし心理的虐待を受け続けた過去から自ら立ち直った経験のある本郷ひろなか先生が、同じく様々な問題や悩みを抱え苦しんでいる方たちのための一言を綴っていきます。
アドラー心理学にご興味をお持ちの方や鬱 (うつ) 、パニック障害、不登校、引きこもり等で心理カウンセリングをご希望の方は「熊本こころ相談室」までお気軽にお問い合わせくださいませ。

2015年10月30日

私がうつ状態だったとき

私は、公立学校の教師だった頃、うつになった。

 

ある仕事上の悩みをグルグル考えて、違うことを考えることが非常に困難になって、布団に入っても、寝るのがとても大変になった。

 

それで、アルコール量が増えて、アルコールで寝るような感じになって、

 

すると、2時とか3時とかに目が覚めて、布団に入っていても眠れなくなった。

 

朝起きると、非常に憂鬱で仕事に行きたくない。仕事に行っても、午前中はとても憂鬱で、昼から夕方にかけては、すこしずつ気分が回復してくるが、休日の昼間は疲れているはずなのに横になっても眠れなかった。そして平日も休日も、夜になると何も考えたくなくて、アルコールを飲んで寝る。

という流れになってきた。

 

次に、本や新聞を全く読みたくなくなった。テレビも見たくなくなった。

あんなに本を読み、新聞も隅から隅まで読んでいたのに、テレビも本も新聞も全く読まなくなった。

 

食欲が極端に落ちた。食べ物の味がしなくなった。砂を食べているような感じ。気づいたら10日間くらいで体重が13キロ落ちていた。

 

これはおかしいと思って、心療内科に行った。

 

「あなたはうつ病です」と言われて、抗うつ剤(デパス)抗不安剤などを処方された。

 

数日、言われたように飲んだら、とても変な感じがした。ふわふわとなるような、自分が自分でなくなるような、「覚せい剤を飲むとこんな感じになるんじゃないか?」という感覚だった。薬で寝ても、なんだかよけいきついような感覚がした。

 

自分が自分じゃなくなるような変な感じになるのが我慢できなくて、薬を飲むのはすぐにやめた。

 

しかし、職場を病気休暇で休むのに、医者の言葉は必要だったので、病院には通って、薬は飲んでいるふりをして飲まなかった。

 

今考えると、この判断が私を救った。あの時飲んでいたら、どんなことになっていただろうか?冷や汗が出る。

 

まず、早朝覚醒することを気にしないようにした。これも良かった。だいたい、眠れなくて死んでしまう人はいない。眠れないことを気にするから苦しいのだ。

 

それに、今ならこう言える。「夜中の2時や3時に目が覚めるのは、おかしなことではありません。人間は自然な状態ならば、2時や3時に目が覚めるものなのです。」と。

 

これは東洋医学の常識である。人間の体は、朝の2時とか3時に目が覚めるようにできているのである。

 

たぶん、うつ状態になるほどの「ストレス」を受けて、体の本能が目覚めて、早朝に目が覚めるだけなのだろう。

 

それからは、夜の9時ほどに寝て、2時とか3時に目が覚めるリズムにしていった。早朝から長い散歩をするようになった。

 

そして、アドラー心理学の「自己暗示公式」を使って、自分の無意識下のプログラム(ライフスタイル)を、ストレスに耐えられるものに変えていこうと、

 

簡単に言うと、自分への自信の回復と、他者や世界への警戒感をなくす方向に、毎日 自己暗示公式を使った。

 

アルコールなしでも寝るようになった。新聞を読みたくなってきた。グルグル考えるのもなくなってきた。テレビを見るようになった来た。食べ物の味が分かるようになってきた。食欲が戻ってきた。

 

薬以外で対処したことで、4か月程度の休みで復帰できた。病気休暇と年休だけで対処できて、休職せずに済んだ。

 

職場に戻ってからも、働き方を大幅に変えた。全部背負い込んで走り回っていたのを、一切やめた。

 

そして、「自分の本当にしたことはこれ(教師)じゃない。」と思った。生徒と保護者と上司との間ですりつぶされるような仕事はまっぴらだと思ったのだ。※生徒に教えることは大好きだったのですけどね。

 

「絶対教師を辞めて、心理カウンセラーになる。」と決めた。

 

だから、今の私があるのは、このうつ状態になったことのおかげなのです。

 

「うつ」は、病気じゃありません。過度のストレスを受けて、緊張状態からうつ状態になっているだけです。

 

薬を飲まないで、休んでください。どこかで、適切なカウンセリングを受けて、無意識のプログラムの改変に取り組んでください。

 

楽になりますよ。

2015年10月22日

劣等コンプレックス

劣等感は、上手く向き合って、それを乗り越えて自分の理想を達成していけば、とてもいい道具になるのですが、

 

いい道具として使えないことがあります。

 

まず、劣等コンプレックスとして使ってしまうことです。

 

劣等コンプレックスとは、劣等感を振りかざすことで、自分が解決すべき人生の課題から逃げることです。

 

たとえば、「私は、こんなに弱いんだもの。どうか、ご容赦ください。どうか、助けてください。」とか「俺一人じゃダメなんだから、誰かが俺を助けるべきだ。奉仕すべきだ。」などと自分では人生に立ち向かわないで、逃げて逃避したり、他者の力を利用しようとします。

 

自分の劣等感を誇張して、実際以上に欠陥がひどく弱いと主張して、人生の様々な課題への建設的な行動努力を避けようとするのです。

 

「今日は一日大変だったんで、飲みに行くの勘弁してください」などと言うような小さな劣等コンプレックスはだれでも使うし、問題はありません。

 

問題は、人生の重要な局面で劣等コンプレックスを使ったり、いつも劣等コンプレックスを人生目標追求の手段としている場合なのです。

 

劣等コンプレックスを常習的に使う人には次のような特徴のうちいくつかを持っていることが多いようです。

・自己不全感が高い 自己評価が異常に低い。

・自分への要求水準が異常に高い。

・だから、理想への不一致感、劣等感が異常に大きすぎる。

・挫折している 勇気をくじかれて、現実から理想の方向の建設的な方法が思いつかない。

・そんな自分を恥じている:「罪悪感」とは責任逃れの感情です。

・「人生の嘘」…劣等性を周囲に見せびらかして、自分のみじめな状態は自分のせいではないと主張する。責任逃れの言い訳を人生の嘘と言います。

・「自己欺瞞」…自分のみじめな状態は劣等感のせいだと思いこむ。自分を騙しているのです。

・「依存性」…自分の人生課題を他人に解決させようとする。自分では出来ないと決めつけて他者にお任せしてしまうのです。

・「攻撃性」…どうして助けてくれないんだよと人を責める。

 

自分の現状をありのままに受け入れようとしないから、自己不全感が過ぎてしまいますし、自己評価が異常に低すぎるのです。

 

自分への要求水準が高すぎるから、課題から逃げてしまうことになるのです。自分で解決可能な要求水準に落とす必要があります。

 

適度な要求水準に落とすと、克服する意欲が湧く程度に劣等感が小さくなり、劣等感を克服しようという意欲が出てきます。

 

「失敗することがダメだ」と思い込んでいると、ちょっとの失敗・挫折で心折れてしまい、勇気がくじかれます。失敗・挫折をチャレンジの証、再出発のきっかけと捉えれば、挫折しにくくなります。

 

自分のみに起こること全ては、自分で責任を取ることが出来ます。自分で責任を取った方がいいのです。責任を取るというのは、最後まで面倒を見るということです。自分を責めるということではありません。

 

責任を取るということは、責任転嫁をしないということです。「あいつのせいだ。」「親の育て方が悪かったせいだ。」「社会が悪い。」と自分以外のもののせいに言い逃れると、

 

自分の課題として自分で立ち向かって、努力して劣等感を克服していく意欲は出てこないでしょう。

 

すると、逃げるしかありません。だから、劣等コンプレックスを振り回して、逃げるのです。

 

たとえ劣等感があったとしても、それを乗り越えていけるのは自分だけなのですが、「劣等感を覚えること」のせいで自分はみじめな状態にいるのだ。と自分を騙すことで、乗り越えていこうとしない方向に流れていくのです。

 

そうすると、他者の力をゲットするための方策として、「依存」と「攻撃による奪取」という二つの道があるのです。

 

自分の力で劣等感を乗りこえないで、誰かに甘えてやってもらう(依存)、「なんでやってくれないんだよ」と攻撃して、奉仕を奪取する(攻撃)のです。

 

自己欺瞞も、依存も、攻撃もやめて、建設的に劣等感を乗りこえていく方が幸せになれるのですが、そのためには勇気が必要です。

 

自分自身を勇気づけると、乗り越えるための勇気が湧いてきます。

 

そうすれば、劣等コンプレックスから離れることが出来るのです。

2015年10月21日

劣等感

「劣等感」という言葉を作り出したのは、アルフレッド・アドラーです。

 

現代の日本人の使っている劣等感と、アドラー心理学で定義しているところの「劣等感」はちょっと違うようです。

 

まず、人間という存在は、いつも「今よりも良くなりたい。」と思っていると思いませんか?

 

「よりパワーを得たい」とか、「出来るようになりたい」とか、未来に向かって「今よりも良くなりたい」という欲求を常に持っているのです。これは人間の基本原理です。

 

この欲求があるから、私たちは、常に現状に欠乏感を感じます。この欠乏感のことをアドラー心理学では「劣等感」と呼ぶのです。

 

そう。いつも良くなりたいと思っているから、あらゆる人が、いつも必ず劣等感を持っているのです。劣等感を持っていない人はいないのです。

 

さあ、劣等感がなくすことのできないものであるとしたら、楽観的なアドラー心理学はどう考えるでしょうか?

 

そう。「劣等感をどう使えば、もっと幸せになれるだろうか?」と考えちゃうのです。だって、いつもあるんなら、うまく使わにゃそんそん。

 

劣等感をうまく使って、劣等感を乗りこえていく(補償する)ことで、自分をより良くして行って、それに満足感を覚えればいいのです。

 

だから、劣等感は宝物です。劣等感を乗り越えて、補償をしていくことこそが、人が成長していく原動力だからです。

 

うまく乗り越えるためには、まず高すぎる理想を持たないことです。劣等感は未来における理想と現状とのギャップですので、理想が高すぎると、困難さを強く感じ、乗り越えることが出来にくくなります。

 

自分の今の力で「やれるぞ!」と感じる程度の理想にすると、勇気(やる気)が湧いて、劣等感を乗りこえて、理想を実現する行動を開始して、理想を実現します。

 

例えるならば、行きたい大学の中で、現状じゃ無理だけど、がんばれば合格しそうな大学を目指すと、やる気が起きて、猛勉強を始めるかもしれません。

 

だけど、親から「東大じゃないとだめだ。」と命令されて、「えー、そんなのがんばっても無理だよ」と思うと、全くやる気が出なくて、さっぱり勉強しなくなるかもしれません。

 

次回は、劣等感が、扱いにくくなって問題と化する場合のことを詳しく書きます。

 

2015年10月20日

心の闇

「心の闇」って、聞いたことがありますか?

 

人間の心の中に「闇」が潜んでいる。実はこの考え方は、フロイト精神分析の考え方なのです。

 

人間精神は不合理なもので、ドロドロしたわけのわからない無意識が感情や衝動を作り、人間を動かす。

 

感情や衝動が主人公で人間はその奴隷である。などなど

 

フロイト精神分析は、人間の精神を原因論で考えるので、こんな訳のわからない理論になっていったのです。

 

アドラー心理学は、「心の闇」なんてシロモノがあるとは思っていません。

 

人間精神はとても合理的なものだと思っているからです。

 

私たちは目的論で考えるので、人間がある目的のために感情や衝動を作り出して使っている。人間が主人公で、感情や衝動は道具に過ぎない。と思っています。

 

電話をしていたら、子どもたちがうるさくて声が聞こえません。かんしゃくを起こして、「うるさい。電話が聞こえないじゃないか。静かにしろ!」と怒鳴ったとします。

 

これは、うるさくしている子どもたちを黙らせるために、怒りを作り出して、かんしゃくを起こして怒鳴ったのだ。と解釈します。

 

会社で毎日毎日サービス残業をさせられて、その上、今やっている仕事の納期が間に合いそうにない。

怒りが湧きだして「あー。なんでこの会社は俺にばっかりしわ寄せするんだよ。」と叫んで、会社に火をつけたい衝動まで起こりました。

 

これは、理不尽にサービス残業を押し付ける会社にそれを止めさせたくて、怒りを作り出し、火をつけたい衝動を使ったのだと解釈します。

 

こうやって、人間の精神が合理的に働いていることが分かると、怒りを使って、怒鳴ったり、火をつけたりする以外の方法、代替案が考えられます。

 

一つ目の例の怒りは、「電話の声が聞こえなくて困る」という一次感情の上に発生した二次感情です。怒りなどの二次感情を使うとコミュニケーションがうまく行かなくなるので、

 

一次感情を使って、「電話が聞こえなくて困っているので、静かにしてもらえないかな?」とおだやかに頼むことが出来ます。

※もちろん、怒りを使って怒鳴るという方法が癖になっている人は、癖ですから、なかなか変わりません。辛抱強く、怒りを使わない穏やかな方法を、何回も何回も練習して癖を変える必要があります。

 

二つ目の例の怒りは、本質的に自己防衛の怒りなので、否定する必要はないかもしれません。

 

権利侵害を受けているわけですから、怒りのエネルギーを使って、社会的に訴え出て、ブラック企業的サービス残業を止めさせる行動に出るといいかもしれません。監督庁や組合や弁護士などに相談するというのもいいかもしれません。

 

自己防衛の正当な怒りのエネルギーを使いつつも、破壊的な行動ではなくて、建設的な社会改善行動に出ることも可能だということです。

 

さあ。どこにも「心の闇」なんてありません。

 

これは「心の闇」なんじゃないですか?と思うものがあったら、質問してください。それが、人間精神の合理的な働きから起こっていることを説明して見せます。

 

私たちは、「心の闇」なんてどこにもない。人間精神はとても合理的に働いていると思っているのです。犯罪さえも、合理的に非建設的方向性に走って行っているだけだと思っています。

 

そして、人は、勇気さえあれば、非建設的側面に流れないで、建設的方向に行動していくことが出来ると信じているのです。

2015年10月19日

記憶

心理学を学んでいる人ならば常識なのですが、

 

正確な記憶などこの世に存在しません。これは、心理学のどの流派でも定説です。

 

記憶は必ず実際の出来事と違いますし、さらに言うと、どんどん変化していきます。

 

もちろん、記憶は実際の出来事を反映しています。ですから、子どもの頃心理的虐待を受けた記憶がある人の過去に、「虐待はなかった。」のような極端なことを言うつもりはありません。

 

しかし、「記憶はあやふやで、変化させることが出来る」ということは、我々にとって朗報だと思っています。

 

なぜなら、どんなに辛い目に会う経験をしたとしても、それをいつまでもくっきりと覚えていて苦しむよりも、記憶を変化させて、楽に幸せに生きていく方がいいと思うからです。

 

過去の辛い記憶を思い出して苦しんでいる人。あなたのその苦しみは、取り去ることが出来すよ。

 

さて、私たちは、3日前のことなどすっかり忘れてしまったり、昨日のことさえなかなか思い出せなかったりするのに、なぜ、何十年も前の出来事を、映像つきで、感情も生々しく覚えていたりするのでしょうか?

 

それは、その映画の1シーンのような記憶が、自分が今使っている「人生のプログラム」(アドラー心理学では「ライフスタイル」と呼びます。)に合致しているからなのです。

 

「人生のプログラム」(ライフスタイル)には、出来事などをどう受け取り解釈するとか、それが自分にとってどう意味を持つかとか、そんな時自分はどう反応すればよいか、などという、人生の流れの方程式が入っていて、たいてい、その方程式に則って、人生の流れを進めていきます。

 

そして、その人生の流れの方程式を「ウン間違いないんだ」と強化するために、その流れの方程式に合致する記憶だけを保持して、思い出して方程式を強化保持しているのです。

 

ですから、カウンセリングでクライエントさんが「人生のプログラム」(ライフスタイル)を変えて行かれると、

 

記憶が変化していくのです。良く思い出していた記憶がぼんやりとしてきたり、その記憶の場面に新たなものが付け加わって変化したり、忘れていた記憶を思い出したりします。

 

記憶のせいで、今の人生の流れになっているのではなくて、今の人生の流れは「人生のプログラム」(ライフスタイル)の働きのせいなのです。

 

だから、「人生のプログラム」(ライフスタイル)を変えるために、記憶にセラピーをしたりもしますが、記憶が原因だから消去しているのではなくて、

 

「人生のプログラム」(ライフスタイル)をもっと幸せなものになるために記憶をセラピーしているのです。

 

辛い記憶に苦しんでいる方。大元である「人生のプログラム」(ライフスタイル)を変えて、辛い記憶の苦しみから脱却しませんか?

 

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